言葉に込めた想い、その全て

言葉にして残したいことを、マイペースにまとめていきます。どうぞお手柔らかに。

夢と目標の中身〜同じだけど確度と具体性に差があり〜

こんにちは。

 

ふとした瞬間、気づいたんです。

夢と目標は、「目指す場所」という意味では同義語。その差は、確度と具体性の高さ。そう思います。

 

 

***

 

 

目指す場所は、どう描いてもいい。

夢、目標、ゴール、ビジョン。或いは理想。

選ぶ言葉に制限はない。

提唱者の自由で良いと思います。

 

受け手にとっては、

夢と聞くと希望に満ち

目標と聞くと達成への熱量を感じる。

 

どちらかと言うと

目標の方が達成願望が強めでしょうか。

 

何処を目指し何を掴みたいのか。

目指す場所との距離を把握し、

辿り着くための道のりが明確になればなるほど

今やるべきことが分かりやすくなり

前進し易くなる。

 

だからきっと、芽吹いたときは

輪郭がやんわりとした

全体像を描く夢でも、

手を伸ばして掴もうとした瞬間に

目標へと変容し始める。

 

卵から孵化して、幼虫、蛹、そして蝶になるように、進化するもの。

保有者が、そう望む限り。

 

 

私の描くこれは、夢なのか、はたまた目標なのか。

 

 

悩みながらきっと気づくでしょう。

私は割と欲張りで、蝶に憧れ飛翔の瞬間を待ち望む蝶であると。

 

まずは、己を知るところから。

夢なのか目標なのか、既にできるのに取り組まないだけなのか。

 

人は意外と、自分に期待しないから。

 

あなたは何処へ飛び立つのかしら。

これからが楽しみです。  

 

#目標

#夢

#応援しています

 

 

 

 

好きと伝えることは、過去のあなたも含めて全部好きって言うのと同じじゃないかな

こんにちは。

 

ふと思ったんですよね。

誰かに好きって伝えることは、「今この瞬間のあなたが好き」というよりも、「過去のあなたも含めて全部好き」って意味合いの方が、濃いんじゃないかな。

 

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目の前に見えている相手は、過去の結晶。何を感じ、何を選んで、何を得てきたか。価値観、思考の癖、美意識、興味を惹かれるもの。その全ては綿々と積み重ねてきたこれまでの時間で身につけ、表層に、あるいは内面で明確化しているもの。

 

過去はあなたの礎。目の前のあなたが好きなら、自然と過去のあなたも好き。これまでがあってこその、あなただから。

 

細かく見れば、こちらが知りたくないような経験をしているかもしれない。けれどそれを明け透けに開示してほしいとは思わない。少しくらい、ミステリアスな部分もあったほうが魅惑的でしょう。少しくらい、いや、影の部分が長くあったとしても、人としての深みを醸し出す隠し味になるだけでしょう。

 

今後のあなたがどうなるかは、わかりません。人は、人と出会い、人の価値観に触れ、思考します。そして、変わってゆきます。気づけることが多くなったり、あるいは気づけぬようになったり。どう変わってゆくかは、そのときにならねばわかりません。

 

これからも、あなたは変わり、私も変わり、周囲の状況も転じて行くので、永遠に「好き」を安定させるには工夫が必要でしょう。互いの方を向いて届けてゆく工夫。人はそれを、愛と呼ぶのでしょう。

 

この先でどうなるかは、正直わかりません。ただ一つ言えるのは、あなたに好きと伝えないと、一生後悔すると言うことだけです。

 

***

 

変わり続けたその先で、どうなりたいか。

人はよく、年を取って丸くなったね、とか、怒りっぽくなったねとか、言いますけれど、私は丸くなりたい。何があっても、そういうことあるよね、その気持ちわかる、って共感から入れる人になりたい。

 

相手が職場の人でも家族でもお店の人でも、態度や雰囲気から、「あなたのこと好きですよ」が伝えられる人でありたいです。

 

 

 

 

 

 

二年で人はこうも変われる。好きを突き詰めてわかったこと。

こんにちは!
久しぶりにイラスト描いたあと、過去絵を振り返りたくなったんですよね。
そしてフォルダを開いたら、2020年、つまり二年前のものを発見。
 
彼らの登場は小説に端を発し、イラストがそれを追ったわけなのですが、今の方がより脳内イメージに近い形で描けている気がします。
 
古い方はイラスト用ソフトも異なり拙い感が強いですが、自分の比較のためにも載せますね。
 
2020年、ライくん・カイトくん

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2020ライくん

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2020カイト

ライくんの方、キャンバスのサイズからして迷子ね。手探り感満載っ笑
そしてカイト氏、当初黒髪やったんや・・・今更作者がびっくりだよ笑
 
 
2022年ライくん・カイトくん ←イマココ

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2022ライくん

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2022カイト



 
はわわ・・・・整形級っ笑
髪色・肌色・雰囲気、ほぼ全身変わっとるやないか!!!!!!
 
まあ、個人的には洗練されたように見えるので良きかな。私はイラストを売るでもなく、漫画にして公開するでもないため、完全な趣味領域での楽しみなのですが、こうして良化具合を見るのは、なんだか嬉しいですね。
他者ではなく過去の自分との比較が大切、というアイデア、なんだかわかった気がします。
 
 
技術が向上すれば、描けるポーズも増え、「こう動いて欲しいな、こんなポーズ見たいな」が描け、小説にもなったりするわけで(下記リンク)当初と逆展開が可能になるとは、思いもしなかったです。
 

Polaris 〜ポラリス〜|The Third Division On Alert!|NOVEL DAYS

 
 
人は変われる。そう意図せずとも。好きを突き詰めていくと、可動域が広がり、自分でも予期せぬ楽しみが降ってくることがある。それが重なると雪だるま式に楽しみが増えて、もっと好きになる。良い循環。
 
良い循環はきっと充実度を上げて、満足度を高め、明日が待ち遠しくなる。
 
好きなことしよう。誰の承認もいらないです、あなたがやりたければ十分。
生産的か価値があるか、なんて、「楽しむ」の定義には入っていません。いいんです。
 
どんどんやろう。
 
 
いいねえいいねえ。特にこのバディは、小説をベースにしている関係上、キャラクターが立っているというか、人間性を良く知っている(書いている)ので大好きなんですよね。テンポがいい、相性がいい。これからもずっと描く・書くと思う。カイト、愛してるぞーーーーっ(急にどうした笑)
 
ということで、感じた諸々言語化、満足っ。
 
またイラスト描きたいな〜。今度はせんぱいの厚い胸板をチラ見できるようなセクシ(以下自重!)

愛があれば人は狂うし呪うし全て許せるようになる

2022年に入ってから、気になる新作映画がたくさんあって、金曜夜になるとうずうずしちゃうんです。今度は何観ようかなって。

 

例を挙げると

『ハウス・オブ・グッチ』

『呪術廻戦ゼロ』

ナイル殺人事件

 

いやジャンルに統一感ないしおどろおどろしいの好きなんかい(精神状態は)大丈夫かい?と思ったあなたさま、正解です(へ?笑)

 

冗談はさておき、私はこの三作品に共通点を見出していて。

それは「愛は全てを許す。愛があれば全てが許される」です。

少し深掘りして、意味するところの解像度を上げていきますね。

 

(以下、各作品ややネタバレを含みます)

 

まず、「ハウス・オブ・グッチ」の感想は

愛で始まり、愛が終わらせた物語。

 

こちらはグッチ一族のお家騒動をテーマにしたフィクション。

主人公は、グッチ家の若き御曹司と恋に落ちたイタリアンガール、パトリシア。二人は愛し愛され自然な流れで結婚し、気づけばそこある満たされた日々。内気で素朴な彼と、明るく前向きな彼女。お互いの個性がお互いを支えていたはずなのに、パトリシアがブランドの経営や将来性、つまり富や一族のアイデンティティに身を乗り出し始めた途端に狂い始める歯車。

 

良かれと思って言ったのに。あなたのためにやったのに。

 

離婚、裏切り、転落。良くも悪くも欲望に忠実な人間らしさが描かれているというか、愛に素直に突き動かされている姿が見ていて清々しいというか。

 

家族愛、ブランド愛、性愛、仕事愛。みんな一途ですね。一方で、単純に言って「過去の栄光」に縛られている長老たちの姿も可愛らしい。人の心もトレンドも変わりゆくものだよと言われていた気がしてなりません。

 

そうやって変わっていくから、変わらないことの安心感が欲しいのでしょうか。それが家族愛、ブランド愛、性愛、仕事愛に変換されるのでしょうか。奥深いですね。

 

愛があれば、人は狂える。側から見たら狂気の沙汰でも、本人にとっては唯一の手段。愛しているから、あなたのために、私があなたにしたいことを、していい。

 

長くなりましたが、個人的見解でした。やはり老舗ブティックの世界だけあって、映像美と言いましょうか、上質な空間(&音楽)も見ていて心地よかったです。

 

*****

 

はい。次は『呪術廻戦ゼロ』

これは全く見る予定になかったのですが(いきなりごめんなさい!!)、予告編を見て即効上映スケジュール確認するくらい、沁みる言葉が満載で。

 

よろしければ予告編どうぞ。開始十秒経たずに惹きつけられるし、五条先生の「これは持論だけどね」から始まるセリフでもうノックアウト。

 

「わかりみが深いっっっっっっっっ!!!(語彙力壊滅!!!!)」

 

ってなる(いや普通の人はならんかもしれない笑)

これは泣いた。泣く予定はなかった。

 

先程の言葉の続きは

「愛ほど歪んだ呪いはないよ」

 

先生は仙人なんじゃないだろか。たとえどんなに澄んだ愛でも、確かにそれが起点だったとしても、何かの拍子で粘度が高まりドロドロになることがある。愛は黒魔法にも白魔法にもなるんじゃないかな。当人の心持ち次第で。

 

ちょっと前段長くなりましたがあらすじ書きます。

主人公は、みんな大好き(?)乙骨憂太くん。幼い頃に幼馴染の里香ちゃんを交通事故で亡くし生き別れた、はずだった。彼女は呪いへと姿を変えて、終始乙骨くんのそばに。彼を守りたい一心で、外敵から守り通そうとする里香ちゃん。一方で誰も傷つけたくないと自死を願う乙骨くん。

 

そんな彼を「呪いを払う」ことを学ぶ呪術高専の教師・五条先生が迎え入れ、同級生三人と共に過ごすことに。衝突することもあるけれど、人を見、人と触れ合うことで自分のやりたいことが明瞭化。里香ちゃんの呪いを解くことを決意するのです。

 

そのあとはもう、能力成長、自尊心回復、学友との絆マシマシ。絶好調やないか。と思いきや、夏油(げとう)とか言うめちゃんこ強くてヤバいやつに目をつけられちゃう乙骨くん(言い方笑)

 

負けそう・・・ってなった時の切り札がもう泣ける。

「やっぱそうだよこの世は愛だよな!!!(語彙力殲滅!!)」

ってなる。(いや普通の人はならな以下省略)

 

揶揄されて放つ「失礼だな。純愛だよ」のセリフで無事に涙腺解放ダム決壊。

側から見たら滑稽でも二人だから分かり合えること、見えていることって、あるよなあって。重ねた時間が絆になるから、そばにいなくても、姿が見えずとも繋がっていると、この先もそうだろうなと、自然に思える。

 

ある意味で愛は呪いかもしれない。対象が人でも物でも現象でも、

君のこと、ずっと好きでいるよっていう、自分にかける呪い。

 

聞こえが悪いなら、願いや魔法に言い換えてもいいかもしれない。

愛という無機質可変のものを、一単語で表現するなど難しくて。

人の数、カップルの数に同じ愛の意味があってもいいんじゃないかな。

 

まとめると、乙骨くんらぶ(要約荒すぎ笑)

 

 

*****

 

そしてナイル殺人事件

これはわかりやすく愛がテーマかもしれない。何を隠そう、「love」という単語を劇中に何回聞いたことか。

 

深堀の前にあらすじが必要なので、早速。

情熱の人、ジャクリーン。最愛の人と婚約したはいいものの、彼は職探し中。幸せな未来に向けて良き仕事を紹介してもらうべく、親友の大富豪リネットに彼を引き合わせることに。しかしあろうことか、彼とリネットが結婚。失意の底で、執拗なまでに二人を追い回すジャクリーン。それはエジプトへのハネムーンも例外ではなかった。

結婚式に招待された面々を乗せ、ナイル川へと出向するクルーズ船。気づけば連続殺人事件の舞台へと化していた。皆それぞれ動機があり、暴かれる確執、止まらない衝突。新婚夫婦の幸せを血で赤く染めた犯人は誰なのか……。

 

これはシビレました。犯人を推測しながら観ていたのですが、結末を知り「そういうことだったのかーっ!!」と。最初から何も変わっちゃいなかったのかと。事実を見た「つもり」でいた、思い込みの強さを痛感。それを見事に演じ切っている俳優さんたちに脱帽。

 

もう最後のシーンは息するのを忘れてました。衝撃で。

もちろんフィクションであると理解して観ましたが、登場人物たちの心模様がリアルで。現代にも通じる、ということは人類普遍の真理/心理を突いた作品を残したアガサ・クリスティー氏、天才以外の何者でもないな?てなる(ほんとなる)。

 

大富豪リネットが拭えぬ疑い 「あなたが見ているのは私じゃなく私の条件。それは本当に、愛なの?」

ジャクリーンが貫く意志 「彼は今でも私を愛してる。私にはわかるの」

ポワロの親友ブークの希望 「君がいれば僕は幸せ。たとえ世界が否定しようとも」

ポワロが引きずる過去の後悔 「あの時、もし……」

 

大人向け映画といいますか、恋愛に限らずさまざまな経験を乗り越えてきた大人には特に強く刺さるものがあるように思います。

 

優しい人、包容力のあるひと、大抵のことは許してくれるひと。そういう方々は、山あり谷あり人生を歩んできた傾向がある気がします。

困難を美化したいわけではなくて。山の上、谷の底で経験したことから高い理解力を得て、かつ「君はきっとこう思うだろう」と想像力が柔軟に働く。許容範囲が広いのは、見聞きしてきたものの高低差や幅が広いから。たぶん。

 

思考傾向や言動には、その人の過去全てが反映されている。その人の中にある何かがそうさせているから、こちらの基準・見解で無下にすることなどできない。その人が大切にしている何かを、傷つけるかもしれないから。

 

っとまあ色々御託を並べてみましたが、気にしすぎて何も言えず何も始まらずに終わるのも悲しいので、何事もバランス大事!!

 

 

はい。ということで、愛について語ってみました。

奥深くて語り尽くせないです。はい。

 

毒にも薬にもなる。理由にも言い訳にもなる。

盲目的になりすぎてもよくないし、放置しすぎては風化してしまう。

やはり、バランス大事。片方の、というより、二人でバランスを取っていく。

そのバランス感覚は時々アプデ&再共有しないとボタンの掛け違いが発生する。全ては変わりゆくもんね。たとえ変わらぬように見えても。

 

子どもやパピーの成長は、身近な人より接触頻度の低い人の方が顕著に見えたりしますよね。親が子どもを見て「こんなに大きくなって〜!」と気づけるのは、写真や動画などを見て振り返るタイミングで、たとえ日々成長していてもその一歩は見えにくい。変化の過程を全て見てるから。逆説的?

 

それは愛も同じ。たぶんね。

振り返ったとき、「こんなに立派になって〜!」と自然と感嘆する未来が、あなたさまのそばにありますように。

 

 

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知ることは、孤立をなくすんじゃないかな

こんにちは。

ゆうりです。

 

ふと思ったんです。

知ることで、思考の柔軟性が増して、そういうこともあるんだなって、受け止められるようになる。

 

その先で、孤立がなくなっていくんじゃないかな。

 

 

知ること。

それは自己啓発書や授業の中にあるものだけでなく、人との関わりや、物事の仕組みや流れに実際に触れて得られる「感覚的な知識」も大いに役立つ。むしろそちらの方が実利的かもしれない。痛い思いや苦い経験も、きっと知恵。

 

少し話はそれますが、実体験をすると、似たような体験をしている他者を見た時に「こう感じているんじゃないかな」や「今はそっとしておいて欲しいだろうな」、あるいは「こちらはこう動くべきかな」なんて、相手の気持ちを想像しやすくなると思うのです。

経験を経て想像力が増した結果、思いやりや共感、適切な距離感での寄り添いができるんじゃないかなって。

 

 

・・・では話を戻して。

知恵や経験が教えてくれるのは、普通や常識というものは星の数ほどあるってこと。つまり、ひとつじゃないってこと。「海外では家の中でも靴を履いて過ごすのが普通、日本では玄関で靴を脱ぐのがマナー」など、異文化間のことをイメージすると伝わりやすいでしょうか。

 

上記は極端な例かもしれませんが、例えば犬好きのAさんと爬虫類好きのBさんは、可愛いの基準は同じなのかな。食通のCさんと美容マニアのDさんは、何に価値を感じるかの意見が完全合致するのかな。歴史研究家と最先端技術の開発者は、どの時間軸に最もそそられるのだろう。・・・・ね?

 

だから、自分は普通じゃないからだめという理由で社会と距離を置く必要はないし、何か一つがありえないからと誰かを問答無用で拒絶することもない気がします(危害の恐れありなら即刻さよなら必須ですけどね)。

 

そんな心地でいたら、アンテナの受信範囲が広域化して、人との繋がりができやすくなったり、新たに興味を惹かれるようなアイテムを拾いやすくなる。多様性を認めることは、自身に多様性をもたらしてくれる。

 

多様性。若干陳腐に聞こえるかもしれませんが、大事だと思います。ジャッジしない=否定しないことでマインドがオープンになり、何からでも何かを吸収できるんじゃないかなって。言葉でも価値観でも、あなたが良いと思うものは何でも。たくさんの価値基準に触れることで、今までの自分の基準に広がりができていき、自由度が上がる。

 

 

・・・なんと自分勝手な、と思われるかもしれませんが、原動力ってそのあたりに潜んでいるんじゃないのかな。たまには自己都合優先でもいいと思うのですよ、人生という大枠の中では(大人の配慮は添えつつ)。

 

 

はい。こんな感じで、ふと思ったことを書き残しておきます( ´ ▽ ` )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人称の感触。自分をどう見せたいか、自分がどう在りたいか

こんにちは!

在宅勤務だと、通勤時間が削れるのでその分寝られる=夜更かししちゃうのやめられないゆうりです(え?笑)

 

今回は一人称の面白さについて書いてみたいと思います。

そのきっかけはこちらのイラスト。私の思う、良いギャップ!好きな人がこれしてたら個人的にキュンするやつです笑 

(彼はオリジナル小説の主人公です)

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一人称ギャップ

緩急があって良いですよね。オンとオフのような。

TPOもあるのでしょうけれど、一人称の使い分けや、複数種を使い分けるのはありだと思っていて。

 

私で居る時、俺になりたい時。俺=エネルギーブースター

基本的に、一人称は「私」を使っています。

 

たまに脳内で「俺」や、下の名前(ゆうり)を使います。どのような状況でどれを用いるかの規則はないのですが、大体の雰囲気はこんな感じ。

 

俺=己を奮い立たせたいとき。エネルギーブースター。

ゆうり=楽しみたいとき。

 

声に出して「俺はさ」「ゆうりはね」みたいにいうことはありません。ただ、脳内で意図的に呼び方を変えて、その瞬間の有り様を方向づけるのです。

 

気分って波があるじゃないですか。

さまざまな環境や、日々のあれこれに影響され、やる気がサボりたがる時期、あるんですよねえ。一定でいるって本当難しい。

 

だから、一人称を活用して軌道修正するのです。

ほら俺、嘆いてる場合じゃないよ。考えてごらんよ、どうすれば良くなるかを。

ねえゆうり、制限はいらないよ。思うままにやろうよ。

 

これ、面白いことに、考え方というか思考のクセが本当に変わる。音の感触が違うだけで、カメレオンの如く七変化。

俺の時は強気に行けるし、向上心が高まり、負けてたまるか!って腰に手を当てて前を向ける。反骨精神も出てくるかな?

ゆうりの時は、なんというか適度に緩んでちょうどいい笑。常に語尾に「笑」って付けたくなるくらいには陽気になれる笑

 

私にとって、それは自由。固定しなくていいし、何個あってもいいし、新しく作ってもいいし、メイクみたいにその日の気分でカスタマイズできるもの。

 

 

嘘だと思ってやってみてください。一人称を自由に選んで、自分のいろんな側面を出してみてください。

 

どう在りたいか。

なんとなくでもセッティングすると、体がついてきてくれますよ。

 

 

今日は誰になりたい?

もちろん、素のままのあなたもチョイスに入れて。

今日はどんな私でいようかな?

 

 

***

 

 

さあて!おまけです。

冒頭イラストには続きがあってですね。彼の部下ライくんに私の感想を代弁してもらいました。ふざけまくった作者でごめんねライくん笑  (あ、作者も一人称かな?採用!笑)

 

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もはや

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まじかみ♪

こういうラフな雰囲気というか、コメディ色の強い世界観も好きなゆうりなのでした♪

 

 

やばい・・・日付変わってしまった・・・ねむーーいっ!!( ´ ▽ ` )

急いですっぴん、じゃなかった、ありのままの私に戻って休みます〜。おやすみなさい、良い夢を!

 

 

 

 

 

 

 

愛することの本質って、意外と自分本位。

創作意欲が低迷したときは、自分の言葉を読み返して、何を伝えたかったんだっけなって、思い出す時間にあてたりするんですよね。

 

久しぶりにエフを読んで、木崎くんの優しさ好きだなと。

 

共に重ねた思い出は絆になる。そこから無意識のうちに生まれる期待、「君ならきっとこう思うよね」は、ときに諸刃の剣。相手を理解したいのか、理解の答え合わせをしたいのか。

 

木崎くんはその難題に向き合った人です。そして残酷な答えも、受け止めた人です。


エフ|一般小説作品詳細|NOVEL DAYS

 

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たとえどれほど愛していても、自分の理解を超えることは理解できないから、超えた余剰分が期待に変わっていくのでしょう。

 

だから実際、等身大のあなたを愛することはできなくて、私の知る範囲内のあなたを愛しているに過ぎないのかなって。

 

 

それは家族でもパートナーでも友人でもそう。ある意味で「私の知るあなたでいてくれる安心感」がある。余白の妙味。

 

 

うまくまとまらないけれど、愛するって、意外と自分本位なのかもしれません。そしてそれは心地よいのかもしれません。愛したくて愛しているなら。

 

#愛

#言葉